単車たる所以
by fathedgehog
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John Surtees
February 11、1934-
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1950年代後半のWGPで活躍し56、58、59、60年に500ccチャンピオン、(58、59、60年は360ccのWチャンピオン)同時に、4輪レースでも活躍し、64年にはフェラーリでF1チャンピオンとなった、唯一2輪と4輪の共に最高峰でチャンピオンとなったのは彼独り。イギリス生まれでレーサーである父親に連れられ幼い頃からパドックに出入りし、父親のメカニックをやっていた「BIG JOHN」自らレーサーとなり、数々の勝利を重ねたRider。日本人にとってはHONDA F1のイメージが非常に強いとは思いますが、2輪レーサーとしての実績を決して忘れる事はできません。
2輪レースの草創期に活躍し、以降もモータースポーツに関わり御大70歳となってもAgustaに跨る颯爽とした姿はこたえられません。それにしても当時のAgustaの美しさは何とも言い表せないくらい美しいものです。タンク、エンジン、フレーム、エンジン、マフラー、フェアリング全てにおける造形美は他に比類ないくらいSexyで完璧なものと思うのは私だけではないと思います。MV Agusta Museum
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# by fathedgehog | 2005-11-30 23:06 | Rider
金谷秀夫
February 3、1945-
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隅谷さんと並び70年代初頭に活躍したRider。YAMAHAが1972年WGPに復帰しいきなりドイツGP250ccで優勝を勝ち取ったRiderである。
日本人ワークスライダーの使命かNo.2Riderとしての印象が強い。Jarnoの事故死で73年はYAMAHAは残りのレースを全てキャンセルし華々しいデビューを飾ったYZRは活躍の場を封印され、74年はAgostiniの加入で当然実力を封印され、75年WGP500ccのポイントトップを独走しながら会社(YAMAHA)の方針で急遽帰国命令が下り、目の前に見えてきた日本人初の500ccチャンピオンを棒に振らされたRider。この年のチャンピオンはAgostiniであった事は以前に書きました。75年のオーストリアGPでは500ccと350ccで優勝した最高に乗っていた時にである。いくら会社の仕事として乗っているとはいえ余りにも酷い話である。ワークスライダーとは何ぞや?マシンを開発するだけ?そのRider個人の事は考えないのか?唯一最高峰のチャンピオンと成り得たであろう不遇のRider。
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# by fathedgehog | 2005-11-23 08:16 | Rider
Barry Sheene
September 11、1950-March 10、 2003
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ロンドン中心部に生まれ、父親もライダーという恵まれた環境で育った生まれながらの貴公子という言葉がピッタリの人物。マシンの多くをSUZUKIに跨り、YAMAHAにも3年在籍していたが、やはりSUZUKIのイメージが非常に強いRider。デイトナ200にも参戦し、75年の大事故から驚異的な速さで回復し、1月半後にはレースに復帰した超人的なRider。デイトナで付けたNo.7はその後も彼が好んでつけたナンバー。76,77年はSUZUKI RG500で WGP500ccの連続チャンピオンとなり、その栄誉を称えて27歳にしてエリザベス女王から大英帝国爵士の勲章を戴いた彼はその後もレースで活躍するもチャンピオンの栄冠を再び勝ち取る事はできず、数度の大事故に見舞われ現役引退後は、スポーツ解説者として活躍の場を移したが、ガンに冒され公表した翌年永眠。合掌。
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# by fathedgehog | 2005-11-19 14:12 | Rider
隅谷守男
June 1944-September 1975
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70年代初頭、2スト全盛の時代に、4ストで果敢に挑んだ孤高のRider,ヘイルウッドが作った鈴鹿のコースレコードをCB500改で7年ぶりに塗り替え、翌年のデイトナでは堂々6位入賞。75年のブガッティサーキット(ボルドール)のプラクティス中に帰らぬ人となりましたが、隅谷さんが開発したRCB1000は翌76年から耐久レーサーとして初年度チャンピオンとなる快進撃を成し遂げました。
私が乗っていたCB750Fは900Fのスケールダウン版ですが、原点はRCBにあり当時の市販バイクにあっては一番レーサーに近いスタイルですが乗って見ると以外に扱い易かった事を覚えています。彼がいたからこそこのバイクが生まれたといっても過言では無いでしょう。
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# by fathedgehog | 2005-11-13 15:29 | Rider
Mike Hailwood
April 2, 1940-March 23, 1981
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Mike The Bikeと言わしめた男、永年に亘りロードレース界に君臨し、F1でも活躍した生粋のイギリス人。バイク販売店の息子として割と裕福なイメージですが’61マン島TTにプライベートでHONDAの125cc/250ccで優勝し、500ccでもNortonで優勝したパワフルなRider、WGPチャンピオンに9度も輝き’62から4年連続でMV AGUSTAでチャンピオンとなり4輪レースでも活躍した後に事故で足に大怪我をしレース界から遠ざかっていた彼が’78年のThe Isle of Manで再びducatiで奇跡的な勝利をしMHRを世に送り出させた人。MHRで峠を走った事ありますが鮮明にその記憶が残っています。このバイクを今でも現役で走る姿を時々見かけます。MH900eも近年になって発売されその多くが日本(2000台の内600台位)に輸入され、日本の根強いファンを改めて思い知らされました。
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# by fathedgehog | 2005-11-05 18:50 | Rider
片山敬済
April 16, 1952-
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日本人で初めてセンターポールに日の丸を揚げたのが高橋国光なら初めてWGPチャンピオンに成ったのがこの人片山敬済。1977年に350ccのチャンピオン1978年には年間2位、250ccでは1974年4位、76年2位、78年4位と常にトップグループで戦えた日本人ライダー。
地を這うようなライディングが印象的。
彼の事をstoicと表現しているのを良く見かけますが、彼の逸話でどこのサーキットかは忘れましたが、スタート直前に徐にグリッドから離れ観衆の目の前のグランドスタンドの塀に向かい立ちションをしたという事をモーターサイクリストか何かで読んだ記憶があります。それ程彼は図太い神経の持ち主で「禁欲的」に物事を捉える人間ではないと思うのですが。
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# by fathedgehog | 2005-11-01 22:40 | Rider
Giacomo Agostini
June 16, 1942-
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ジャコモ・アゴスチーニ本当は一番最初に書くべきRiderかも。
彼とMV AgustaはWGP500ccに1966年から7年連続でチャンピオンとなりアグスタはそれまでにもジョン・サーティーズとマイク・ヘイルウッドらの偉大なRiderに依って1958年から1965年の連続8年間チャンピオンとなっていますが、イタリア人ではありませんでした。アゴとアグスタで純粋のイタリアンコンビとなり1968年からは350ccでやはり7年連続でチャンピオンとなり1975年にはヤマハで500ccチャンピオンとなった。合計15のチャンピオンを勝ち取り前人未到の記録を打ち立てたRider。男前でヘルメットを脱いでも輝いていた。
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# by fathedgehog | 2005-10-29 15:14 | Rider
高橋国光
January 29, 1940-
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日本人ライダーで誰といえは先ずこの人高橋国光、HSCのシンプルなマークも鮮やかな黒のツナギがカッコ良かった。日本人として初めて世界グランプリに勝った人として必ず前置きが付きます。マン島TTレースで瀕死の重傷を負い不屈の精神で4輪レーサーとして甦り、つい最近まで還暦直前まで現役レーサーだったという信じがたい人間です。思えば昔の4輪レーサーは皆2輪上がりで、田中健ニ郎、片山義美、鈴木誠一、北野元、皆トップクラスのレーサー達でした。
ところで彼等は日本のモータースポーツの黎明期から社会に対する貢献度は計り知れないものがあると思うのですが、どなたか叙勲を受けた方いましたか?ヨーローッパ諸国ならとっくに社会的にも尊敬される地位になっているでしょうね。日本の場合特定の人達がある年齢までつつがなく過ごせば、社会への貢献度等関係無く、勲何等なんかいって貰えてしまう。何かおかしいと思いませんか!!かれらモータースポーツ振興に尽力した方々にもっと尊敬の眼差しを!「日本モーターサイクルレースの夜明け」というsiteはその当時の事をスズキの技術者であった中野さんが克明にまとめられています。
画像はHONDAから引用しました。
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# by fathedgehog | 2005-10-23 18:41 | Rider
Jarno Saarinen
December 11, 1945-May 20, 1973
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伝説のライダー ヤーノ サーリネン、名前の響きで生まれがフィンランドである事は容易に想像がつくと思います。彗星の様に現れ、彗星の如く逝ってしまった天才ライダー。1945年フィンランドに生まれ73年のモンツアで事故死。お国柄氷上レースが盛んでそこで鍛え上げたヤーノは如何なる路面でもマシンコントロールできるテクニックを身につけGPで常勝アグスタのジャコモ・アゴスチーニを蹴散らした男です。250ccで72年チャンピオンとなり、翌年500ccのGPレースに参入し、YZR500の73年のデビュー戦ポール・リカールで鮮烈な勝利を飾り、続くザルツブルグでは我等が金谷秀夫を従えての1-2フィニッシュをやってのけイタリアGPでその生涯を終えてしまいました。この時何台ものマシンがクラッシュし、レンツォ・パッゾリーニも他界するという重大事故となったのはバイク好きならご存知のはず。彼の熱烈なファンであった女性が授かった子供に彼の名前を冠したヤルノ・トゥルーリーは現在F1GPで活躍しているのを知る人は多いといます。
ヤーノの華麗なるライディングは今でも我々の脳裏に鮮明に残り決して忘れ去られる事はないでしょう。私の一番好きなライダーです。
The World's Greatest Motorcycle Racer
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# by fathedgehog | 2005-10-21 22:50 | Rider
初めに
単車、何故単車と呼ぶ?

2輪車なのに単車?
ずーと昔の事、40年近く昔の小学生の頃F1に夢中でバイクには全く興味が無かった。F1開催に合わせて隔週で発行されるAutoSportsを心待ちにしていたあの頃。ジャッキースチュワートが好きで、ジョンサーティーズが英雄だった。中学生までモータースポーツといえば4輪車にしか興味が無かった。16歳になり即日教習所に通い、当時は限定なんて無くノーヘルの暴走族が走り回っていた頃初めて免許を手にし、手元には乗るべくバイクが無かった頃、友達のバイクを乗り回していた頃から今でも単車が一番、寒いときには死ぬほど冷たく、暑い時には耐え切れないくらいの熱さで、冬の雨の日には信じられない位の凍てつきと、車では考えられないくらいの疲労感、心地よい風、涙が飛んでいくスピード感、コケればあの世へ一直線。

単車に乗った事ありますか?後ろに乗った事ありますか?

どうぞ!乗っていってください。
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# by fathedgehog | 2005-10-19 21:06 | ducati